Medical Tribuneで興味深い記事がありました。
【Essay】 ゴルフ道と外科道 です。


今回のエッセイストは、東京慈恵会医科大学外科学講座 教授の大木隆生先生でした。この欄ではさまざまな医師が、”気ままに” 私見を述べているので結構面白い記事が多いです。


近年はゴルフ人気の凋落が著しく、かつて2,000万人いた日本のゴルファー人口は900万人を割り込み、男子プロの試合も半減して多くのゴルフ場が倒産しているそうです。


近年のワークライフバランスやオン・オフ概念が浸透した結果、希薄になった職場での人間関係と帰属意識の薄れが、若手ゴルファー減少の遠因ではないかと推察しています。


大木先生は、組織におけるゴルフ熱はその組織の求心力の高さを測るバロメーターと考えており、ゴルフコンペなどを開催して医局への帰属意識を高めているそうです。


そして、ゴルフには外科手術と多くの共通点があり、「ゴルフを極めようとする過程は手術のそれと重なる」 と主張されています。その要点を下記のごとくです。




〔平常心を保つ〕
初心者の手術は緊張感との戦いです。そしてどんなに術前に準備していても、平常心を失うと全てを失います。安心・安全が徹底されたリスク回避の現代社会で、違法行為を除けば緊張感を味わえる機会はめったにありません。ゴルフはプロでさえOBを打つほど不確実性が高いので、1mのパッティングでさえ緊張する上に、違法行為のように人様に迷惑をかける事はありませんので、緊張感の中で平常心を保つ訓練には最適です。


〔減点主義〕
ゴルフは如何にミスを少なくするかを競うスポーツと言われるくらいミスが出やすいスポーツですが、良い手術とそうでない手術の違いもスーパーショットの数ではなく、数百に及ぶステップの確実さとミスの少なさによって決まります。手術をする限り不可避な合併症と向かい合う外科医にとって、格好の修練です。


〔急がば回れ〕
無風でフラットな完璧な状態でスイングできる事はめったにないのと同様に、完璧な患者もめったにいません。持病がある、肥満体、癒着があるなど個々の症例や状況に応じて、さじ加減や戦略を変える事が手術でも大事です。またボールを林やバンカーに打ち込んだ際のリスクマネージメントは、手術が思い通りに運ばなかった際の勇気ある撤退やダメージコントロールに似ていて、急がば回れ精神は両者に必要な発想です。


〔結果が全て〕
ゴルフでは「あがってなんぼ」と言われますが、過程はどうあれ結果が全てと言う意味です。手術でメスさばきも手技も鮮やかなのになぜか合併症が多い外科医と、練習場ではいいショットが打てるのにスコアがまとまらないゴルファーは似ています。ゴルフを通じて1つ1つのプロセスを結果につなげる努力をする事は、合併症を減らすのに有用でしょう。


〔素質無用〕
天賦の才で瞬く間に上達するゴルファーはいますが、他のスポーツと比べて運動神経や体力などの才能のなさを補いやすいスポーツだと言え、それは手術における持って生まれた器用さと似ています。ゴルフは手術同様、運動神経、器用さ以外に上述したような様々な要素の占めるウェートが大きいので、不器用でも手術が上手で合併症が少ない、運動神経が悪くても上級者になる事が可能で、そういう意味ではいずれも門戸が広いです。


〔その他〕
マナーの重要性、腕前が全てではないので「道」である、play fastと手術時間の短縮、原因究明と試行錯誤の重要性、言い訳無用の自己責任なども共通しています。







特に、〔減点主義〕の項の「良い手術とそうでない手術の違いもスーパーショットの数ではなく、数百に及ぶステップの確実さとミスの少なさによって決まります」という部分に得心しました。


私も、手術は確実に各ステップをクリアして、ミスなく粛々と進めていくことが秘訣だと感じています。途中で大きなミスをしてしまうと最終的な結果に大きな影響を及ぼしてしまいます。


特に、基本的な手技の難易度がさほど高くない脊椎後方除圧術においては、いかにミスなく各ステップをクリアしていくかという根気の良さが問われます。


私のような平均レベルの医師にとっては、スーパーショットではなく数百に及ぶステップの確実さとミスの少なさを追求することが、コンスタントに結果を出せる外科医への道なのでしょう。





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