Medical Tribuneで興味深い記事がありました。
老人ホームの朝食がランチパック?! 隠岐島は日本の50年先を体感している です。




 「少子高齢化」という言葉の本当の意味を理解していますか? 日常生活で実感していますか? 読んで字のごとく、「子供が少なくて高齢化率が上がる」ということです。子供が少なくても、老人が増えても、将来のことは別として、とりあえずそれ自体は構わないのです。でも、隠岐の西ノ島で実際に目の当たりにする少子高齢化の実態は、「生産年齢人口の激減」なのです。働く人がいないんです。医療職のように資格が必要な職種ならまだしも、病院や老人ホームの事務、厨房職員が足りません。ついに当地の老人ホームは厨房職員が集まらず早出の職員が確保できないため、週に何回か朝ごはんがランチパック®と牛乳になりました。民間の保育園は保母さんが足りなくて、病後児保育をやめてしまいました。


 へき地だから介護施設だからと憐れんだり、笑ったりするかもしれませんが、これが高齢化率43%の現実です。おそらく、地続きのへき地であれば、食事サービスを外注して近くの町からデリバリーをしてもらうことが可能かもしれません。本土であれば集約化をしたり、隣の町と共同運用したりといろいろと工夫できるかもしれません。離島ではそういった対応もままならないのです。




高齢化が峠を越え、特養には空きも

 2015年の日本の高齢化率26.7%。2060年が39.9%と予測されています。ですから、西ノ島は日本の50年先を行っています。年金などの問題も大きいのですが、実際社会を支える年代の人口が足りなくなることが大きな課題です。


 一方で、信じられないかもしれませんが、50床の特別養護老人ホーム(以下特養)は欠員2名の状態です。要介護1、2の方が特養の入所対象から外れて、つまり要介護3以上が特養の入所対象となってから、もう既に入る人がいなくなっています。今日、対象者がいれば、すぐに入れちゃうんです。当地では後期高齢者が大幅に増える時期は既に過ぎてしまったのです。当然、病院や老人ホームなどの将来の施設整備は要介護人口の推移を考えながら計画する必要がありますが、現在のキャパで十分なのです。


 急にこのような状況になったわけではありません。僕らが来たころには西ノ島は3,800人、高齢化率38%だったのが19年後に2割減の3,000人、高齢化率43%の町になりました。3つあった小学校が1つになり、耐震の問題があり立て直しを契機に小学校と中学校が同じ敷地内の建物になっています。それでも教育基本法が国民の教育を受ける権利を保障して、小さな島でも学校の先生はきちんと派遣されてきます。今まで医療や介護には医療基本法、介護基本法といったものはなく、どこまでの医療を、どこまでの介護を、誰が確保して、保障するのかといったことは明確にされていませんでした。頑張っている病院には医療者が集まり、いい医療を提供できる。頑張ってない、というか普通にしているへき地の医療機関は常に医者不足、看護師不足で収益も上がらず、医療機器の更新もままならない、といったことになっています。


 遅ればせながら地域包括ケア、地域医療構想を県が主導して二次医療圏単位で役割分担や在宅を支える仕組みを計画することになりました。今、将来を見据えて役割分担、連携をベースとした仕組みをつくらないといけません。ただし、医療はある程度集約化が必要です。一方、介護は生活ベースですから、小学校区単位などの地域をベースとした仕組みをつくらねばなりません。




今はどうにかなっているが...

 「働く人がいない」をどうするか。高齢者が働くか、今まで働いていない女性が働くか、外から人を入れるか、この3つしかないのではないかと思います。もちろん仕事や作業の集約化や移転が可能な分野は、ICT(情報通信技術)や人工知能、海外移転などで可能な部分もあるでしょう。ところが医療、介護といった人そのものが相手の仕事ではそれだけで解決することは困難です。


 西ノ島では60歳で定年した方も、あるいは本土で働いて定年を契機に戻られた方も、シルバーアルカディア計画によりIターンで来られた方も、ちょこっとずつ仕事をしています。年金をもらいながら、老人ホームの送り迎えの運転手や、配食サービスのデリバリーなど、ちょっとした仕事をしています。本人たちも島にやってきて島での役割を担うことができて、やりがいや活力につながっているようです。小さな島は助け合いで成り立っていますから、区長や民生委員、老人クラブや婦人会なども重要な役割を担っています。


 育児中の女性が働くためには子供のケアの体制が必要です。さすがに待機児童はいませんが、学童保育や病児病後児保育の体制が必要です。病院は女性の多い職場で、当院でもIターン・Uターンの女性スタッフが頑張ってくれています。当然子供の病気のときの体制の問題があるので、自分たちの経験からも必要を感じ、保育園が休止した病後児保育をうちの病院で引き受けることにしました。病院のための、ではなくて、西ノ島の病児病後児保育の委託を受ける形をとっていて、補助金も充実しており、安定的に運営できています。


 人口6,000人の島前地域で、44床の病院を担う医療職が全て地元で賄えるかというと、厳しい。この10年、自分たちの行っている医療を全国に向かって積極的に発信することで、興味を覚えた若き医療者が毎年100名以上見学に来てくれています。その結果、当院への就職を決めてくれる若者が年間数名ずついます。おかげでなんとか病院の維持運営を行うことができています。私たちの病院はこの方法論で今のところなんとかなっていますが、日本全体で考えたときには海外から人を入れるということになりますね。


 いずれにしても日本全体で少子高齢化が進むことは現実で、逃れようのない事実です。その先にどういう生活が待っているのかを、覚悟を含めて想像する必要がありますよね。 





う~ん、非常に興味深いというよりも、コワい記事です。僻地医療に携わる医師は、同様のことを感じることが多いようです。以前、こちらで私の友人の話をご紹介しました。


2017年現在でも、既にそのような「高齢者人口まで減少する社会」 が多数存在しています。私の友人が開業している地域もそうですし、隠岐諸島もそのような地域に該当します。


働き手の減少で、社会サービスが維持できない地域が出現していることに衝撃を受けます。特養がガラガラというのもすごいですが、社会サービス維持不可はそれ以上に衝撃的です。


今回は2060年が話題ですが、2040年以降は総人口だけでなく高齢者人口まで減少し始めます。本当の修羅場は2040年からで、2060年には焼野原となって問題解決(?)しているはずです。


事の重大さは、国家レベルでも認識されており、先日は70歳までを「ほぼ現役世代」とし、この年齢まで働ける社会にすべきだという提言の骨子案がまとめられました。


もうそろそろリタイアかなと思っている私からすると信じられない状況ですが、国家レベルでは高齢者も動員しなければ社会が成り立たない社会になることが確定しています。


そして、高齢化社会は高齢者が増えるから医師は安泰だと思っているお気楽な人でも、高齢化社会の極期以降は高齢者さえも居なくなっていくことを認識しておくべきだと思います。


あと20年もすれば、日本という国全体がこの大きな問題と向き合わなければいけません。20年後といえば、現在30歳の医師はまだ50歳です。おそらく余裕で現役でしょう。


その時の医師を取り巻く状況を想像すると、うすら寒いものがあります。そして、このことは確実に発生する近未来でもあるのです。





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