最近、飲み友達に弁護士が増えました。
こうなると必然的に増えることがあります。そう、それは医療訴訟の相談です。
酒の席で相談を持ち掛けて無理やり(?)了承を得て、翌日にメールで資料を送りつけてくる。。。彼らは、なかなかの確信犯ですね(笑)。
さて、ざっくり資料をみると、日本全国いろいろなところで医療訴訟が頻発しています。直接知らない医療機関や大学が多いので、客観的に読むと興味深いことが分かります。
それは「無理筋」な訴訟事案が多いことです。おそらく過去の判例やネット上の知識(?)で無理やり争点化しているのでしょうが、どう考えても実臨床と乖離しているのです。
法律の専門家ではないので、はっきりしたことは言えないですが、裁判になっても患者さん側が勝てる道理が無い事案が多いです。
このような事案がこのまま訴訟に持ち込まれると、医療機関はもちろんのこと、患者さんや弁護士など関係する全員が不幸になります。
もちろん、裁判を考えるような不幸な転帰があったわけですが、客観的にみると不可抗力のことが多い印象です。どの医療機関もおしなべてしっかりとした治療をしています。
このあたりのことを踏まえて、客観的にみて不可抗力であるので、裁判になっても勝つことは難しいという説得(?)を何度か試みました。
不可抗力で発生した事故が、二次災害を生んでいる現実。。。本当に微力ではありますが、未然に防ぐことができればなぁと感じています。
医療訴訟
先日、勤務している病院に3年前にTKAを施行した患者さんから電話がありました。
市民検診で肺に異常陰影を指摘されたそうです。
近医に行ったところ、基幹病院へ紹介されました。その基幹病院から3年前の所見の問い合わせがあるかもしれないので、その時はヨロシク的な内容だったそうです。
私は、大急ぎで当時の画像とカルテを確認しました。素人目には肺に明らかな異常所見を認めず、カルテには放射線科医師による「明らかな異常所見なし」との記載がありました。
患者さんには悪いですが、少し安堵しました。 私たち整形外科医は術前検査などで胸部Xpを診る機会が多いですが、自信を持って所見を読影できる人はあまり居ないと思います。
診断の正確さを期すのなら胸部CTですが、全例に施行するのはナンセンスです。 私の場合、次善の策として、放射線科医師に全例読影依頼しています。
放射線科医師は非常勤なので読影結果が返ってくるのに1週間以上かかりますが、 読影結果の確認忘れをしないように、カルテにしつこく「読影結果の確認要」と記載し続けます。
もし医療訴訟になった場合にどうなるのかは分かりませんが、少なくとも責任の所在を放射線科の読影医師に転嫁できるのではないかと思っています。
今回の件で感じたのは、胸部Xpは頻回に施行する検査ではあるものの、思わぬところに落とし穴がありそうだということです。
撮影しっぱなしは論外ですが、自分の読影能力を過信しない方がよいと思います。少なくとも整形外科医的には「consult a doctor」 を心掛けるべきではないでしょうか。
日本整形外科学会雑誌 第90巻 第7号 512-516 に、興味深い教育研修講演がありました。
整形外科の医療過誤(訴訟)と判例 です。
まず、診療科目別の民事の医療裁判が終了した件数(2012年)ですが、医師1000人あたりでみると下記のようになります。やはり外科系診療科は訴訟に巻き込まれる傾向にあるようです。
- 形成外科 8.9件
- 外 科 5.3件
- 整形外科 4.8件
- 産婦人科 4.6件
- 泌尿器科 2.7件
次に、判例検索システムで入手できる民事裁判の判決(2012年)をもとに、整形外科の領域別の判決数を調べると下記のごとくです。脊椎に関するものが多いようです。
- 脊 椎 28件 敗訴率42.9%
- 骨 折 9件 敗訴率22.2%
- 一 般 7件 敗訴率71.4%
- 股関節 5件 敗訴率60.0%
- 膝関節 3件 敗訴率66.7%
診療科目および整形外科の領域別の傾向をみてみると、整形外科が産婦人科よりも医師1000人あたりの民事の医療裁判が多いことに驚かされました。
また、脊椎は重篤な後遺症が残りやすいので、医療裁判に至りやすいようです。このあたりの実情を真摯に受け止め、明日からの診療に役立てたいと思います。
整形外科を志すなら、キャンベル(Campbell's Operative Orthopaedics)は必須でしょう。ペーパー版以外にも、DVDやe-ditionもあって便利です。更にKindle版は約30% OFFで購入可能です。このような辞書的な医学書は、電子書籍と相性が良いと思います。
整形外科医と言えども、受け持ち患者さんの急変に遭遇することがあります。
あらかじめ予想していない患者さんが、不幸な転帰を辿った際には大きな問題になります。
主治医は目の前の患者さんの救命や家族への対応に忙殺されますが、仮に患者さんが死亡した場合には、警察に届け出するか否かの判断を迫られます。
医師法21条は、「医師は、死体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と規定しています。
この届け出るべき「異状死」とは何かについて、しばしば混乱が生じていました。しかし、2004年4月13日の最高裁判所判決で、下記のような判決が出ました。
医師法21条にいう死体の「検案」とは、医師が死因等を判定するために死体の外表を検査することをいい、当該死体が自己の診療していた患者のものであるか否かは問わないと解するのが相当であり、これと同旨の現判断は正当(※)
※ 東京高等裁判所判決2003年5月19日
つまり、診療関連の死亡事故が発生しても、検案の際に死因を判定するために死体の外表を検査して異状がなければ、医師法第21条に規定する警察への届出義務の対象ではないのです。
「死亡に至る過程が異状であった場合にも異状死体の届け出をすべき」という「医師法第21条」を拡大解釈した誤った記述は下記のごとくで、今日に至るまでその内容は改められていません。
- 日本法医学会異状死ガイドライン」(94年5月)
- 日本法医学会『異状死ガイドライン』についての見解(09年9月)
- 日本外科学会ガイドライン」(02年7月)
この不作為のため、医療機関は本来警察署への届出を必要としない診療関連による死亡事故についても届け出を行い、このため医療事故立件送致数が増加しています。
死体を外から確認し、外表に異状があれば警察へ届け出、異状がなければ届け出る必要が無いというのが最高裁判所の判断であり、死亡が医療に起因しているか否かは無関係です。
この点は、自分の身を守るためにも医師が知っておく知識だと思います。医療事故が免責になるわけではないですが、余計なことをして更に自分の立場を悪くする必要はないと思います。
東京女子医科大学 膠原病リウマチ痛風センターの山中寿教授の「臨床研究から得られるエビデンスは必ずしも日常診療における真理ではない」という寄稿文をご紹介します。
山中教授は、言わずと知れたわが国の関節リウマチ研究の第一人者です。関節リウマチ患者を対象にした前向き調査であるIORRAが山中教授の代表的な実績です。
山中教授は、Randomized Controlled Trial(以下、RCT)の臨床研究結果を見るたびに、日常診療の経験とは何か違うという違和感をずっと感じてきたそうです。
ほとんどのRCTは有意な結果を出すために選択基準や除外基準を設けています。したがって、RCTに組み入れられる症例は、日常診療の患者さんと異なる集団である可能性があります。
そこで、IORRAの対象患者さんで調査したところ、除外基準を満たさない患者さんは何とわずか5%にも満たないことが判明しました。大多数の患者さんは脱落してしまうそうです。
つまり、臨床研究から得られるエビデンスは科学的真実ではあるが、必ずしも日常診療における絶対的真理ではないということです。
臨床研究の結果は、その試験に適合する患者さんだけのものであって、日々受診する多くの患者さんには必ずしも当てはまらないのです。実際、エビデンスには多くの落とし穴があります。
例えば治療Aと治療Bを比較する臨床研究の結果、治療Aは有効80%、無効20%、治療Bは有効50%、無効50%だったとします。この場合、治療Aの方が「優れている」と判断されます。
しかし、治療Aが優れているから100%の患者さんに治療Aを行うことが正しい医療でしょうか?治療Aでも20%は無効ですし、治療Bでも50%は有効です。
患者さんによっては治療Bのみが有効というケースもあります。医療は民主主義ではなく、治療方針は多数決で決めるものではありません。
日常診療はカオスであり、臨床研究の結果(=多数決)だけが治療方針を決めるものではありません。個々の患者さんの状態に応じて決めるべきものです。
このような想いで、山中教授は関節リウマチ診療ガイドライン 2014
の作成に、分科会長として参画したそうです。一方、医療訴訟では診療ガイドライン(=多数決)が絶対視されています。
医療訴訟の際には、山中教授などの診療ガイドラインを作成される先生方の想いを汲んで、もう少し医療の不確実性を勘案した司法判断を実践していただけるとありがたいですね。
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